父の特養のお引越し。アルバム写真から知った、息子の知らない父と母の幸せな老後 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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父の特養のお引越し。アルバム写真から知った、息子の知らない父と母の幸せな老後

【隔週木曜日更新】連載「母への詫び状」第三十四回

■新しい特養までの道のり

 そんなこんなで選んだ7、8枚の写真を拡大コピーして準備を整え、父の引っ越し当日を迎えた。

 往復1時間半のタクシー。母の体調を考えるとぼくひとりで送り迎えしたほうが無難かもと思ったが、母が先方の施設の人たちに挨拶をしたがったので、一緒に行くことにした。父としばらく会えていなかった母が、狭い車内で父と並んで座るのも悪くないだろう。

 父の特養に到着すると、久しぶりに母と会った父は、わかっているのか、わかっていないのか。半分眠ったような状態でぼんやりしていた。
 

 1年間お世話になった人たちに挨拶を済ませ、帰り道は車の後部座席に、父をはさんで母とぼくと3人で座り、新しい特養へ向かった。親子3人、これは「川」の字に入るのだろうか。どちらかというと川よりも「粥」の字に近いのではないかと思い浮かんだが、それはどうでもいい。
 母が父に話しかけるうち、父も少しずつ意識がしっかりしてきて、人生の伴侶を認識したようだった。

 ぼくはふたりの話を横で聞きながら、両親の旅行写真を思い出していた。
 退職後の夫婦が仲良く連れ添って日本各地へ旅行に出かける。頑固で亭主関白だった父は、あまりそういう夫婦像が似合わない人だと決めつけていただけに、両親がそんな老後を実現していたとは少々意外でもあった。昭和ひと桁の夫婦としては、それなりに充実した余生だったのではないか。
 今後、父と母が旅行へ出かける機会はもう二度とないだろう。それを思うと、今こうしてタクシーの後ろにふたり並び、新しい特養へ向かうまでの道のりが、もしかしたら最後のささやかな旅行なのかも知れない。そんなふうに思えて、ゆっくりと時間が過ぎればいいなと願った。

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夕暮 二郎

ゆうぐれ じろう

昭和37年生まれ。花火で有名な新潟県長岡市に育つ。フリーの編集者兼ライターとして活動し、両親の病気を受けて帰郷。6年間の介護生活を経験する。



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